2025年度春山合宿

1.⽇程
 2026 年 3 ⽉ 9 ⽇(⽊)〜3 ⽉ 17 ⽇(⽕)

2.対象
知床岳、知床岬

3.メンバー
3 年 ⼤元(C.L.) 、2 年 柴⼭(S.L.)、2 年⾦⼦ 計 3 名

4.概要
3 ⽉ 9 ⽇
天気:晴れ
11:00 部室集合〜14:30 部室出発〜18:30 ⼤洗港着〜19:30 さんふらわあ出航
部室で荷物の最終確認、パッキング等を13:00 頃までに済ませた。その後昼⾷をとり、 ⼤洗港に向けて出発した。登攀具をそれほど持っていないにも関わらず、ザックは中々の 重量感であった。35〜40kg ほどであろうか。これから始まる合宿への期待と緊張がザックの重量を通じてリアルに感じられた。14:30に部室を出発し、⼤洗港へ向かう。到着後、各⾃チェックインや⼣⾷の買い出しなどを済ませ乗船。出航後、⾷事をとり⾵呂に⼊った のち(船には⽴派な⼤浴場がついているのだ!)22:30 ごろ就寝

3 ⽉ 10 ⽇
天気:晴れ
13:45 苫⼩牧港着〜16:30 苫⼩牧駅発〜21:30 釧路駅着(ビバーク)
特にやることもないので、各⾃ゆっくりとした朝を過ごした。船に設置されているデッキに出ると、⾵が出港前に⽐べてかなり冷たくなっている。北上してきたことを実感しながら、左⼿に⾒える本州を眺めた。定刻通り 13:45 苫⼩牧港に到着し、まずは苫⼩牧駅にバスで向かった。駅の窓⼝で事前に購⼊していた特急電⾞のチケットを購⼊した。事前に連絡をし、ガスを確保していただいていたショップでガスを購⼊した。その後は、昼⾷を とったり、駅の近くを散策したりしながら時間を潰した。16:30 釧路に向けて出発。⽇が 暮れてしまったため、⾞窓の景⾊を楽しめなかったのが残念だ。21:30 釧路駅に到着した。気温は苫⼩牧よりもさらに低かった。寒い。駅の近くでラーメンを⾷べ、釧路駅近く の地下道の端っこでビバークした。

苫小牧港入港

釧路駅到着 乗車したおおぞら9号

3 ⽉ 11 ⽇
天気:晴れ
9:00 ⽣鮮⾷品・ガス買い出し〜13:30 釧路駅発〜17:40 羅⾅営業所〜18:45 岩⾒橋詰 (ビバーク)〜21:00 就寝
9:00 前にガス・⽣鮮⾷品の買い出しを始めた。事前に調べておいたスーパーにて必要な ものを購⼊した。11:00 までに終了し、羅⾅⾏きのバスのチケットを購⼊した。そののち、釧路駅周辺を散策し昼⾷をとった。13:30 釧路駅を出発した。牧場や⼀直線の道など 北海道ならでは景⾊を堪能しながら、羅⾅へ向かう。羅⾅まで残り 30 分ほどの地点から は海岸線の道をバスは⾛った。数⽇前に南下してきたという流氷が右⼿に⾒えた。奥の⽅に、雲に少し隠れた知床半島も⾒える。これから始まる⼭⾏に期待が膨らむ。定刻通りに 羅⾅営業所に到着。次のバスに乗⾞して岩⾒橋詰に向かった。到着後、事前に⽬星をつけ ておいた迷惑にならない道路脇にテントを張って幕営した。⼣⾷をとり、翌⽇は計画通り⼊⼭することとした。翌々⽇の 13 ⽇は天候が悪く停滞の可能性が⾼いが、その後の天候 は⾏動可能な天候であると考え、このような判断をとった。計画通りに⼊⼭できることに 安堵した。翌⽇は 5:00 に起床して、相泊に向かうことし、就寝した。

3 ⽉ 12 ⽇ 天気:⾵とやや降雪 気温:−3℃(相泊)
5:00 起床〜6:30 相泊〜7:15 相泊発〜10:00 カモイウンベ川⼆俣〜13:40 知床平下標 ⾼ 480m 付近(C1)〜20:30 就寝
起床後素早く朝⾷や準備を⾏なっていると 6:00 過ぎごろに近所のおじさんにテントの外か ら話しかけられた。お叱りを受けるかと思ったが、単純にこんなところで野宿している 我々に興味を持って話しかけたようだ。これから 10km 歩いて相泊まで⾏くことを話すと⾞で送ってやるよと⾔ってくださった。⼊⼭前の 10km の⾞道歩きは正直かなり嫌だったので、この⽅の親切にありがたすぎるものであった。ハイエースで我々を送ってくださった上に、お茶とおにぎりまでいただいた。寒い知床の朝だったが、⼼があったまったので オール OK である。幸先が良い。知床の天候についても尋ねてみた。稜線上の⾵は尋常で はないそうである。また、明⽇の天気はかなり悪くなりそうだと伺った。地元の⽅のお話 ほど信頼できるものはない。相泊に到着し、パッキング・デポを済ませて出発した。最初 に 30 分ほど歩く海岸線も雪に埋もれていたので、初めからワカンを装着していた。30 分 ほど昆布漁の⼩屋を脇⽬に歩きカモイウンベ川河⼝部から⼭に⼊った。海の近くで空気が 湿っているからであろうか、雪がかなり湿っており、ラッセルが重い。景⾊の全く変わら ないダラダラとした登りにも辟易しながら⼒強く進む。カモイウンベ川⼆俣に予定通りの ⾏動時間で到着した。その後は徐々に急な登りへと変わっていった。ラッセルがきつい。 標⾼を徐々に上げているが、樹林帯に守られているため、400m までは⾵はほとんどないように思われた。400m からは⾵がかなり強くなってきた。480m 地点に 13:40 到着し、 幕営地を作成した。明⽇は今⽇よりもかなり天気も悪く⾵が強まることがわかっていたため、停滞することを決め、時間をかけて防⾵壁や雪の掘り起こしを⾏った。⼣⾷をとり 20:30 就寝。

相泊橋

標高400m付近

いくら踏んでも固まらない雪で、設営に難儀する。

3 ⽉ 13 ⽇
天気:暴⾵降雪
5:30 起床〜終⽇停滞〜20:30 就寝
なかなか激しい天気であった。ヤマテンには⾵速 15m /s と記載されていたが、それ以上 あるように⾒えた。翌⽇は天気曇り、⾵速 10m /s 前後の予報である。いつもの感覚だと ⾏動とするところだが、ヤマテンの⾵速が当てにならないことがわかった。そのため、明⽇は⾏動を前提とした起床後の朝⾷・準備等を⾏うが、⾏動可否についてはテントから出 たのちに判断することとした。話し合い以外の時間は、下界でダウンロードしてきたラブ コメアニメを3⼈で仲良く視聴したりして過ごした。この⽇も寒いが、⼼が温まった。

テントラッセル

3 ⽉ 14 ⽇ 天気:暴⾵降雪 気温:−8℃(600m 地点)
4:30 起床〜5:45 出発〜6:30 雪洞作成停滞〜8:00 600m 地点〜10:00 600m 地点幕営 完了〜20:00 就寝
起床後、雪・⾵ともに弱かったため⾏動することを決める。雪がしまっており、C1 直上に 急斜⾯があるためアイゼンで出発した。C1 直上の急斜⾯に 6:00 頃に差し掛かると、⾵が強くなった。30 分ほど斜⾯を登ったが、⾵は強まり動けなくなるほどの⾵がふき始めたため、斜⾯に簡単に雪洞を掘りそこで今後の⽅針を話し合った。予報上の天候が午後も好転 しないことやこれからさらに標⾼を上げなければならないことから天候の回復が⾒込めないと判断し、幕営することを決めた。600m 付近の平坦まで⾏ってみて、適地がなければ 480m に戻ることとした。600m 付近に幕営可能な場所があり、かなり時間をかけて、⾵を 防げる幕営地を作成した。この⽇も中々の⼤作を作り上げた。午後になると晴れ間も⾒ え、⾵も治ってきた。だが、標⾼がさらに⾼い地点はガスに覆われており、悪天であるよ うだ。テント内で翌⽇以降の話し合いを⾏った。知床岬往復までの予備⽇ 3 ⽇分のうちす でに 2 ⽇分を消費していた。中々厳しい状況であった。⼊⼭までの予備⽇を 2 ⽇分持って いたため、それを加算するということもできた。しかし、⼊⼭して実感したが知床の天気は想像を悪い意味で⼤きく超えてきた。この 2 ⽇分は知床半島の最深部(C3 など)に加算 するべきだ。明⽇ C3 につかなければ撤退ということになるが致し⽅ない。予報・天気図 では明⽇の天候は霧、⾵速 8m/s である。明⽇は⾏動することを決めた。600mより上は明瞭な尾根があること、明⽇の⾏動時間が⻑いことから早めに起きて⾏動することとし た。明⽇の⾏動に備えて、3⼈で例のアニメを視聴して養分を補給した。夜国後島を⾒る と光が⾒えた。あの島に現在はロシア⼈の暮らしがあることを視覚的に認識した。20:00 就寝。

10:30 視界はあるが、依然風が強い

16:30 天気が回復した

テントからは流氷と国後島の羅臼山が見える。

3 ⽉ 15 ⽇ 天気:爆⾵
気温:−10℃
4:00 起床〜5:20 出発〜知床沼 10:40〜ポロモイ岳⼿前 884m 緊急幕営 13:30〜20: 30 就寝
⾵は多少あったが⾏動に⽀障がない程度で、予報と天気図から午後にかけて悪くなること もないと判断し、アイゼンで⾏動することに決めた。出発準備をしていると東北⼤隊と出会った。東北⼤隊が先⾏し、そのトレースを利⽤した。稜線上ではガスがでて、進むべき道が不明瞭となった。加えて、稜線は広くなだらかであった。そのため、コンパス・GPS の両⽅を使⽤し、ロストしないように最新の注意を払った。知床沼に到着し、タイムリミットを切っていたため進む判断をした。台地状の地形をしている知床沼の中⼼部付近で、 雪を伴う⾵が吹き始めた。それまでも視界が悪い状況であったが、知床沼では⽬印や傾斜 のないただただ真っ⽩な空間に放り込まれたような感覚だった。数⼗歩進むごとにコンパスで⽅⾓を確認し、歩く⽅向を修正しながら前進した。沼全体が吹き溜まりになってお り、ラッセルと⽅向の確認で体⼒と気⼒が削られていった。知床沼を横断し終え、ポロモ イ岳の登りに差し掛かった。100m ほど登った地点で(900m 弱地点)これまでに経験したことのない爆⾵が吹き始めた。この⾵が断続的に吹き、切り⽴った稜線を安全に登り切る ことのできない可能性がかなり⾼まっていることは誰の⽬にも明⽩であった。耐えることで精⼀杯、あるいは押し返されるような⾵だった。この時に味わった恐怖は⽣涯忘れられ ないだろう。⼭頂⼿前で幕営することを決めた。知床沼まで引き返す案も出たが、そこま での下りが⾮常に危険なことと沼に⾵を防げるような場所が全くなかったことから、稜線の⾵下の東側の斜⾯が少し緩くなっている地点の上部に幕営することを決めた。凍りつい たウェアで幕営をなんとか終え、⼀応の安全地を得ることができた。ガスを炊いて、暖をとる。ここでまた問題が発⽣した。ガスの減りが異常に早い。寒すぎたためだと思われる。予備⽇でガスを⾏動⽇以上に使⽤したことも加わり、⼀⽇1本の計算でガスを持参していたが、その予定以上にガスを使⽤していた(4 ⽇⽬で 6 本を使い切っていた)。予備⽇を使い切ったこともあり、早急に下⼭しなければならない状況となった。計画では往路と同様の稜線を戻って下⼭する計画であったが、海岸歩きは稜線に⽐べ、情報が多くあり稜 線よりも安全であると考えた。また、稜線の⾵の凶悪性や急斜⾯を何度も下らなければな らないことから、翌⽇はポロモイに登頂後、モウレウシ湾に向かうこととした。加えて、 撤退が決定してしまい来年再挑戦したいと考え、そのためにも海岸歩きを予習したいという考えもあった。張り詰めた状態から解放され、ウェアの氷が溶けて全⾝びしょ濡 れの状態でもすぐに眠りに落ちた。夜中はとても寒く、何度も⽬覚めた。朝⽅⽬が覚め時に柴⼭が起きてガスをたいている姿を⾒た。なぜか全く驚かず、当たり前のように眺めたことをよく覚えている。

ヤッケがパリパリに凍りついた金子。全員の全身がこうなった。この日はほかに写真なし。

3 ⽉ 16 日 天気:晴れ
気温:−12℃
5:15 起床〜7:00 出発〜ポロモイ岳 9:00〜モウレウシ湾幕営 12:30〜20:30 就寝
疲れ果てており、モウレウシ湾までは短いことからゆっくりと寝た(よく眠れたとは⾔い 難いが)。テントが雪で覆われてしまったため、出発に⼿間取ってしまった。前⽇と打って変わり⾵は弱く、晴れていた。国後島もよく⾒える。

静かな朝。中央の大きな湾がモイレウシ、流氷の先に国後島。

出発後、⾃分たちがどのような地形を歩いていたのかを⾒ることになったのだが、なんとか幕営できてよかったと感じた。切り⽴った尾根で、昨⽇の状況で落ちたらまず助からないだろう。先⾏していた東北⼤学隊の所在が気になる。彼らはこのカリカリの斜⾯をスキーで登っていたはずだ。ポロモイ⼭頂で、スキーのトレースを⾒つけた。昨⽇あるいは今⽇、東北⼤は岬に向けて進んだようだ。無事を祈るばかりである。⼭頂に到着。ガスが出ていたため、視界が開けるのを⼭頂で少々待ったが、ダメだった(今回の合宿最初で最後の⼭頂だが、何も⾒えない。残念極まりない)。東尾根を下り、標⾼を落とすと⾵はなくなり、ガスも消え、視界が開けた。 流氷と国後島、吸い込まれそうな⻘い海が⽬の前に広がった。壮⼤な景⾊だ。その後も順調に下り、600m 付近の樹林帯に差し掛かったあたりで、アイゼンからワカンに履き替え て、ガシガシ降っていく。樹林帯に⼊ると動物の⾜跡が多く⾒られ、蝦夷⿅に出会うこともできた。12:30 にモウレウシ湾に到着。昨⽇濡れた装備を⽊に引っ掛けて、ブッカンを⾏う。標⾼を 0m 近くまで下げたため暖かく、装備やウェアも乾かせたのでかなり QOL が ⾼かった。翌⽇の⾏程の確認を⾏い 20:30 就寝。

ポロモイ岳山頂

下山直後、ガスが取れた

モイレウシ湾は素晴らしい。
国後島の山々が染まる夕暮れ。羅臼山(右)、エビカラウス山(左)

3 ⽉ 17 ⽇ 天気:雪→時々晴れ
気温:―2℃
4:30 起床〜5:45 出発〜タケノコ岩 8:30〜化⽯浜(浸⽔)11:30〜16:45 下⼭
雪がしとしと降っていた。⾵はない。ロープを出す可能性のある斜⾯がモウレウシ湾から⾒えるすぐ近くであったため、アイゼンを履いて出発した。その地点の登りは容易であったが、下りは急で残置ロープを使⽤しながら注意深く降りた。すぐにタケノコ岩に差し掛 かったが、ここでルート探すのに1時間以上要してしまった。⾼巻きも考えたが、粘り強くルートを⾒つけ出せてよかった。⾼巻きなら最低もう 1 ⽇は必要になっただろう。タケノ コ岩通過までで3時間を要してしまった(まだ全体の 1/6 ほど)。化⽯浜まで⾏けば簡単な海岸歩きだと⾔い聞かせて、頑張って歩く。海岸の岩にはアイゼンが効果的であった。 化⽯浜通過直後、海に⼊らなければならないポイントに差し掛かった。股下まで浸からなければならないことや⾜を滑らせて海に落ちたらかなり危険だと考え、ビニールは使⽤せ ず覚悟を決めて海に突っ込むことにした。当たり前だが極寒である。その後も、注意しな がら海岸線をへつった。化⽯浜以降は安全であったが、終始ズボズボで岩を乗り越えたり するため、疲労困憊になった。⼤元は⾜が⽯と⽯の間に挟まることに対してブチギレてい た。ワカンが⼀番効果的だったため、ワカンで進む。昆布漁の⼩屋が海岸線に連続して並 ぶようになり、終わりが近づいてきた。⻑い海岸歩きともおさらばだ。だが、この後バス 停まで⾞道を 10km 歩かなければならない。しかも、時間的に終バスに間に合わないだろう。まぁいい。下⼭は下⼭だから。タクシーでもなんでも使えばいい。16:45 に道路に到 着した。ついに下⼭である。

①モイレウシすぐの登り

②下りは残置ロープを使う。懸垂をしたかったが岩が脆すぎて支点が取れず断念。

③残置ロープで降りた地点から進むべき道

④③の後すぐに道に迷う。この景色であれば不正解。わずかに戻り、高巻く。

⑤正しいルートを見つけることができて一安心。
この写真は高巻きの下り。

⑥ここからさらに悪いへつりが待っている。

⑦タケノコ岩の先、トンネルを抜ける。

⑧⑦を反対側から。
自然の芸術。トンネル以外に道はない。

⑨化石浜で歩きやすくなったが、と潮位が上がってその先のトッカリ瀬が核心になってしまった。股下の浸水を強いられた。その後の小さな湾のへつりは最も難しく怖い。

⑩観音岩は高巻き。越えれば歩きやすい道。

キタキツネ

ここからは下⼭後の話なので余談であるが、いい話?なので記載しておく。 下⼭後、バスは諦めてタクシーで羅⾅まで向かおうとしたが、電話が繋がらずタクシーを呼べなかった(開店閉業なのか?)。相泊でテントをたてるしかなくなったわけである。 かなり嫌な気分だった。ところで東北⼤は⼤丈夫かという話になり、東北⼤のインスタに 下⼭報告しようという話になった。なんと彼らは、今⽇ウィーヌプリから知床岬に⾏った 後、現在相泊に下⼭中らしい。とでもない⾏動時間である。そろそろ下⼭との話を 19:00 過ぎにきき、ティーを作って待っていた。彼らの下⼭後、お互いの無事を喜び称え合った。話の流れで、我々の惨めな現状を伝えた。すると、なんと、羅⾅まで⾞で送ってくれるというのである!ありがたすぎる。乗せていただき羅⾅のセコマで⾊々奢らせていただいた。またどこかで会いたいナイスガイであった。

東北大隊とパシャリ

(文責:大元、写真:柴山)