2021年度 新人合宿

⒈ 対象:北アルプス 奥穂高岳、涸沢カール

2. 日程:2021年6月6日(日)〜6月13日(日)

3. 参加者:4年:真道C.L.、田代S.L.、江口、3年:小池、田中、1年:壬生、岩波、鎌形

4. 概要:

6月6日 18:00部室集合〜24:00バスタ新宿発

 早々に部室に集まり、1年生の個人装備チェックと団体装備の振り分けを済ませる。装備で膨れ上がったガッシャーブルムの真の姿を目の当たりにし1年生は皆狼狽していた。準備も整い、バスタ新宿へと向かう。バス運賃はなんと片道9800円。上高地BT行きのバスはアルピコ交通1社による完全なる独占で、市場の失敗が起こり適切な価格調整メカニズムが働いていない。そうは言っても価格受容者である我々に選択の余地はないので、泣く泣く福沢諭吉を手放し、どんよりとした気持ちで「さわやか信州号」に乗り込んだ。

6月7日 気温:10℃ 天気:晴れ

5:20上高地BT〜5:50出発〜6:50明神〜7:50徳沢〜8:10徳澤園発〜9:00横尾〜9:40横尾発〜10:00横尾大橋発〜11:00本谷橋〜13:00涸沢〜雪上歩行訓練30min〜13:50涸沢発〜15:10本谷橋〜16:30横尾TS〜18:30夕食

 早朝、終点の上高地BTで下車する。早大山岳部2年ぶりの上高地上陸だ。早速外付けをパッキングし、登山靴を履いて6時ごろ出発する。風光明媚な上高地の風景と彼方に気高く聳える穂高連峰を前に1年生もこの時はまだ心を踊らしていた。明神を通過し、コースタイム通りに徳沢に到着する。マスクをつけて、徳澤園へとご挨拶に伺う。上條靖大さんがいらっしゃり、我々を温かく出迎えてくださった。涸沢の状況を尋ねると、GW時に積もり割と雪はあると言う。激励のバニラソフトをご馳走になり、徳澤園を後にする。1時間で横尾に到着し、テントの設営と涸沢偵察用の装備のパッキングを済ませる。涸沢に向かう前に横尾大橋で地形図を広げコンパスを片手に読図の仕方を1年生に教える。本谷橋までは平凡な夏道を歩く。本谷橋でハーネスとヘルメットを装着。1時間ほど歩くと雪が出てきたので、ピッケルを出す。雪の少なさとルートが荒れていることが心配されていたが、雪の付き具合はここ数年とさほど大差ない印象で、特別にルートファインディングをすることもなかった。蹴り込み方を1年生に軽くレクチャーし何箇所か短い雪の上を通過する。時計を見ると、涸沢到着後に訓練をする時間が確保できなさそうなので、道中で積極的に蹴り込みの練習をしながら涸沢に向かうよう指示した。涸沢到着後、低木地帯を抜け適度な緩斜面でつぼ足でのキックステップの練習をした。内容としては涸沢往復に使いそうなフロントポインティング、フラットフッティング、トラバース、フェイシングアウトの下降に絞った。念のため滑落防止用に下部にロープを張る。鎌形が体の動かし方とバランス感覚が上手くつかめていないようだ。タイムリミットになったので切り上げ帰途につく。本谷橋から、真道、江口、鎌形以外は、16時の気象通報に間に合うように先行してテントに向かわせる。涸沢にてネットで天気は把握したから、無理して走って怪我したりはしないように、と伝えた。TS到着後、テントの外で炊事の準備。鍋の具材が腐りそうだったので先に消費することに。一年シェフのデビュー作、絶品キムチ鍋を平らげ、就寝した。

雪訓開始。

6月8日 気温:15℃ 天気:晴れ

3:00起床〜5:00出発〜6:00本谷橋〜8:15涸沢〜8:55涸沢ヒュッテTS〜11:30出発〜11:50訓練開始:つぼ足2h、アイゼン歩行1h〜15:30撤収〜15:20TS〜18:00就寝

 1年の初めてのテント泊、撤収作業であったので時間は余裕をもって2時間で設定したので、時間通りの出発ができた。全員の健康チェックをすると、鎌形が睡眠中に右目まぶたを虫に刺されたようで、腫れて右目があまり開いていない。ムヒを目の周辺に塗るのは躊躇われるので、プラシーボを期待して雪目用の目薬を差すに留めた。出発後、本谷橋までの平凡な林道を歩くが、鎌形のペースがかなり遅い。片目が塞がり、段差や浮石などを立体的に視認できないようである。訓練時間の確保と安全性を考慮して、鎌形の装備をザックから抜き出して上級生で分担して持つことにした。本谷橋でハーネスとヘルメット、ピッケルを装着する。昨日同様に涸沢に到着。昨日の訓練場所手前から涸沢ヒュッテのテン場までは、傾斜も緩くルート上の滑落や落石のリスクは低いので、1年生と3年生のメニューを変えてトレーニングすることにした。1年生の最優先課題は、スピードよりも蹴り込みの精度なので、4年生が各1年につき、強い蹴り込みを意識させながら登ることにした。3年生は、スピードのトレーニングが優先されるので、全装を背負って競争をさせた。また、テントが3張あり、訓練時間も確保したいことから、3年生2人にはヒュッテに到着次第設営の準備をするように伝えた。競争の軍配は小池に上がったようである。1年生も3年生に続きヒュッテへ向かう。30°ほどの斜面なので基本的なフットワークはフラットフッティングだ。壬生、岩波は要領を掴み順調に進んでいく。鎌形は苦戦している様子で、度々足を滑らせ転倒していたが、諦めずになんとかヒュッテに到着した。ヒュッテに到着して一息つこうとすると、後方で我々のテントが飛ばされ、それを田代が追走するのを目撃する。慌てて現場へ向かうと、テントはなんとか捕まえたようだが、シートとポールにかなりのダメージを負ったようだ。また、田代自身もテントを確保しようと飛び込んだ際に左膝を強打し痛めたようである。ひとまず、他のテントを設営したのち、1年には訓練の準備をさせて、上級生はテントの修理に当たる。修理すれば使用できそうな目処が立ったので、田代と江口にエスパースの修理と設営をお願いして、他のメンバーは訓練地へと向かう。

 上の方は所々ガレ場が露わになっていたが、一昨年と同様の5・6のコル下の尾根地形は落石が少なそうなので訓練場所に設定した。正午近いこともあり、雪質はザクザクでありつぼ足で蹴り込むには丁度良さそうだ。雪で濡れないように雪訓服と雨具を着させて、まずはバケツを掘りながらつぼ足でのキックステップを行なった。上級生が1年につき指導する。真道は訓練地全体を見渡せるように下から監督する。歩行に入る前には初期停止の方法も教えた。歩行は、鎌形が苦戦している様子で、キックステップ以前に雪上でのバランスがうまく取れていない印象を受けた。壬生、岩波は、各パターン一通り教えたところで、アイゼン歩行に移行した。15時を回ったところで、撤収の支度を始める。テントまでは全員で走って帰る。帰幕後、ヒュッテの方に「今年もお世話になります」とご挨拶に向かった。天気図は鎌形が作成したが、素晴らしい出来上がりでとても見やすかった。夕食を食べ、就寝した。

6月9日 気温:3℃ 天気:晴れのち曇り

4:00起床〜5:10出発〜5:20訓練開始;アイゼン歩行2h、つぼ足2h、滑落停止1h、支点構築30min、フィックス通過30min、懸垂下降30min、スタカット1h30min、懸垂下降30min〜15:10撤収〜15:20TS〜18:30就寝

 今朝は冷え込んでおり肌寒い。田代の膝はまだ若干痛むようだが、訓練指導はできるようなので来てもらうことにした。出発時間は起床後1時間としたが、10分ほど遅れる。まだまだ、一挙手一投足のスピードが遅いのと、1年生間で連携が取れていないようだ。3人で協力して明日はさらに早く出発できるように、と伝える。雪は硬かったが、訓練場所までは斜度もないのでつぼ足で行くことにした。昨日と同じ訓練場所でつぼ足歩行で歩いてみたが雪がかなり硬く斜度もそれなりにあるので、アイゼン歩行から取り組むことにした。鎌形は全て教えきれていないので、緩い斜面でつぼ足歩行の練習を継続した。壬生、岩波は大分力強く蹴り込めるようになっていたので、最後の1時間はザックを背負ってより実戦に近い感覚での練習を行なった。鎌形の歩行練習が不十分であったが、ひとまず他2人のペースに合わせて、アイゼンを外し滑落停止に移る。壬生、岩波は足を雪面につけずに止まれていて及第点レベルだ。鎌形は、恐怖感からかピッケルを完全に手から離してしまっていて、明日も練習する必要がありそうだ。その後は、計画通り、支点構築、フィックス通過、懸垂下降を行う。下界のトレーニングの甲斐あってシステムはよく理解していたので、スピードが今後の課題になりそうだ。最後にペアを組んでスタカットを行う。フィールドでの実践ということで、ロープのキンクや繰り出し、支点構築などで苦戦し、3人なかなかスムーズにこなせていない。特に鎌形は焦りからパニック状態に陥ってしまい、下界でできていたことが全くできなくなっていた。鎌形・江口ペアが1ピッチ、壬生・岩波ペアが2ピッチ終わったところで懸垂下降で下ることにした。壬生・岩波は時間こそかかったもののノーミスで下っていた。帰幕後、天気図は岩波が作成。夕食後、今後のスケジュールをどうするかを上級生で話し合う。明日は、技術は習得できている壬生・岩波は実践経験を積ませるため5・6のコルに行かせ、鎌形には今日のメニューを明日もやってもらうことを決めた。ミーティング後、鎌形を呼んで①明日の予定と②奥穂高岳に登るためには技術だけでなくネガティブになってしまう精神面の成長もしてもらう必要がある旨を伝え、鎌形の考えや気持ちもヒアリングしながら、明日以降の訓練も共に頑張ろうと誓った。

涸沢カールに囲まれて。1年生はもう逃げられない。

6月10日 気温:0℃ 天気:快晴

4:30起床〜5:40出発〜6:00訓練開始

・江口、小池、田中、岩波、壬生隊;(文責:江口)

6:00雪上訓練(アイゼン歩行)開始~7:00雪上訓練(アイゼン歩行)終了~7:15スクエア下部出発~8:10スタカット1p目開始~11:20スタカット8p目終了~12:00五・六のコル到着~12:20五・六のコル出発~13:00懸垂下降1p目開始~13:30懸垂下降2p目終了~13:45スクエア下部到着~14:00雪上訓練(確保三種)開始~15:20雪上訓練(確保三種)終了~15:40涸沢ヒュッテTS帰幕

 奥穂高岳アタック時と同レベルの環境で1年生の歩行訓練を行いたかったため、真道・田代・鎌形ペアが使用していたスクエアの右斜め上に新たなものを作り、壬生と岩波にはリュックサックを背負ってもらいながら、1時間アイゼン歩行訓練を実施した。その後、五・六のコルに向けて出発し、ある程度傾斜が急な場所で1年生のスタカット訓練を開始した。スタカット1p目は23分50秒かかったが、雪上での支点構築にも慣れてきたのか徐々に速くなり続け、7p目には当日ベストの17分45秒を記録した。スタカット訓練の8p目が終了したところで、ロープを畳んで五・六のコル直下の斜面を詰めた。五・六のコルに到着後、1年生が疲労している様子だったので、少し長めの休憩を取ってからスクエア下部まで帰ることにした。途中で25m懸垂ロープを2p分張り、1年生が手順に沿って正しく懸垂下降を行うことができるか確認した。スクエアの下部に到着後、確保三種訓練(肩がらみ、腰がらみ、スタンディングアックスビレイ)を開始した。1年生にとって、下界での座学と実際に雪上でクライマーの墜落による衝撃荷重を受け止めることとは勝手が違ったようだが、何とか体勢を崩さずに確保三種を行うことができるようになった。そこで、確保三種訓練を終了し、16時からの気象通報に間に合うように帰幕した。

2人とも、やるやん。

・真道、田代、鎌形:

滑落停止4h〜歩行訓練5h〜16:15 TS

 鎌形はまずスリップへの恐怖感を取り除く必要があると考え、滑り落ちても止まれる自信をつけるために滑落停止の練習からすることにした。最初は滑らない平らな所で姿勢と動きを指導する。寝返りの要領で転がる動きを体で再現できないようなのでまずはそこの練習から取り組む。また、手だけでピッケルを雪面に刺しに行く癖があるので、体の前面を雪面に当て体重をピックにかける動きを反復練習させる。その後、滑走面の斜度と高度を徐々に上げながら、4時間かけて他の2人と同じくらいの及第点レベルに到達した。つぼ足歩行に移る。平地で動きの確認をし、緩斜面で実践を繰り返した。昨日までに比べれば、スリップへの恐怖感も消え、ネガティブ発言も少なくなり、声も出て歩行に気持ちが乘っている。間違いなく成長はしているが、蹴り込みの強さという最終的なアウトプットを見ると、まだまだ弱々しいというのが現状だ。100点を求めることよりも、歩行のパターンを全種類教えることを優先し、アイゼン歩行も一通り教えた。パワー不足を補うためには、体の効率的な使い方といった上級のテクニックを習得必要があるという結論に真道・田代で至り、今日の訓練は終えることにした。因みに、訓練中に奥穂高岳直下にて落石混じりの点発生雪崩が発生していたが我々の行動に影響はなかった。

〜18:30就寝

 夕食後上級生ミーティングを行い、今後の天候や1年生の疲労度、鎌形の訓練進度などから、技術習得十分な壬生と岩波に明日奥穂高岳にアタックさせることが、隊としてベストな選択だという結論になった。鎌形には残念ながら奥穂高岳に連れていけないことを本人に伝えて、悔しさはあると思うがこの判断には納得してもらった。

6月11日 気温:5℃ 天気:快晴無風

・アタック隊(真道、江口、小池、田中、壬生、岩波)

5:30起床〜6:40出発〜7:30ザイテングラード〜8:40穂高岳山荘〜10:45稜線上休憩〜11:14登頂〜11:45下山開始〜14:00穂高岳山荘〜16:00TS〜18:30就寝

 早朝は白出のコル直下の雪質がカリカリに硬くなっているという情報をヒュッテの方から得ていたので、出発を遅めに設定した。天気は相変わらずよくて、雲ひとつない絶好のアタック日和である。アタック組は、アイゼンを着けて出発する。ルートは、斜度や雪の付き具合からザイテングラートの左側から小豆沢を詰めていくことにした。ザイテンまでは緩い斜面をつづらで登っていく。ザイテンの末端辺りに来ると、斜度が上がる。岩波のペースに隊全体が合わせながら登っていく。ザイテンの尾根上の平らな場所で休憩をとる。休憩後、比較的斜度が緩い沢の中央部をフロントポインティングで登っていく。途中クレバスが2箇所ほどあったので近寄らないように注意する。コル直下の急斜面も超えて穂高岳山荘に到着。ここから先は雪が無いようなのでアイゼンを外した。休憩後、奥穂高岳に向かう。小池が、ハシゴ手前の岩場から2つ目のハシゴの先まで1ピッチ目のロープを張った。継続して、田中が2ピッチ目を左側のガレ場にルートを取り、懸垂支点までロープを張る。1年生はfixで通過する。ロープは帰り用に残置しておく。この先は夏道の岩場をひたすら歩く。途中雪が付いている斜面が5mほどあったので休憩がてらアイゼンを装着し、1年の下に上級生がつき通過する。アイゼンを外し、10分ほど歩くと山頂へ着いた。一年生は喜びを露わにする。快晴無風でここが山頂であることを忘れるくらい穏やかだ。遠くには富士山も望める。江口は久々の3000mの景色にとても嬉しそうで、ジャンダルムとの自撮りツーショットを20枚ほど撮っていた。長めの休憩を取り、下山を開始する。下りは上級生が一年の前に入る形をとった。途中の雪のついた斜面は1年生のみ懸垂下降で下りた。下りも行き同様にガレ場を通過する。浮石が多く不安定なので、上級生が下に入り足の置く位置を指示しながら下った。白出のコルに到着したのち一年生にアイゼンをはかせ、その間に上級生が懸垂ロープを張った。懸垂下降は25m、50m、25m、50m、50mの計5ピッチであった。2018年の江口の滑落地点とクレバスを通過した辺りで、昼下がりで雪が大分ザクザクなこともあり、ロープなしで下る事にした。一番下に真道が入り落石と滑落をケア、一年生の真下には他の上級生が入る形をとる。ザイテン付近は斜度が急なので、小豆沢の中央部のトレースのある部分を下った。1年2人は疲れもあったと思うが、雪上での歩行に大分慣れたようで問題はなかった。江口も膝には特段問題なさそうで良かった。16時テントに帰幕した。

穂高の頂より。ちゃっかり江口さん復帰。

・田代、鎌形:(文責:田代)

前日に田代と鎌形は残り、雪上訓練をすることを決定。2人で落石の監視などが難しいことから、訓練地は涸沢ヒュッテ直下の落石の到達する可能性の低いエリアで行うことと、一通りつぼ足、アイゼン歩行をした後、「テクニカル」指導と称して技術的な指導を行うということを決め、訓練に臨んだ。

6:45 つぼ足開始

ガッシャーを涸沢ヒュッテ下の階段付近に置き、ピッケルを持って20mほど下の訓練地へ向かう。斜度は昨日までの訓練地ほどないため、滑落の危険性はないに等しい。通行人の邪魔にならないようにスクエアを作り、訓練を開始する。まずつぼ足歩行を練習する。鎌形は大きな声を出しながら(時に「死ね!」などと言いながら)力強く蹴り込むが、どうも刺さりが悪い。形(見た目)は良いが、蹴り込みの深さに課題を感じた。細かい技術指導は後半の「テクニカル」指導で行えばよいと考え、一通り確認したところでアイゼン歩行にスイッチする。

10:20 アイゼン歩行開始

アイゼン歩行もつぼ足同様、前日までの訓練の成果か、形(見た目)は良いように感じた。しかしやはりけり込みが弱い。このあたりで田代は鎌形の不得意が理解できてきた。鎌形には一つのことしか意識できない部分があり、ひとつの部分を注意して改善すると、すぐに別のよかった部分が悪くなってしまう。トラバースなどで踵を浮かせないように注意すると斜め上にトラバースしてしまい、水平にトラバースするように指示すると踵が浮いてしまう、という具合である。どうしたらこの不得意を乗り越え指導ができるか、課題を残したまま1周目の歩行技術指導を終了した。

12:10 テクニカル指導開始

テクニカル指導では「既存の方法で指導しない」ということを意識した。これまで鎌形に行ってきた指導は山岳部が代々行ってきたもので、「強く蹴りこめ!!!」「そうじゃない、こうだ!!!」といったように、先輩を見真似し、力任せを強要する、というものであった。この指導法に問題があり、鎌形の成長につながっていないことが明確であったため、田代はこれまでの指導法にとらわれない教え方をしようと考えていた。これまでの訓練で見えてきた鎌形の課題は以下の通りである。

1.けり込み(登り、斜め上、トラバースなど)を行う際に腰のひねりを利用できていない。

2.下りでは体重を使えておらず、足の力に頼ってしまっている。

3.クライムアップなどでは振り上げから力を入れてしまっている(うまく脱力できていない)

4.けり込み全般で、衝撃直前に力を入れるのではなく、全体で力を入れている

壬生や岩波に上記の課題がないわけではない。しかし、彼らは脚力でそれらをカバーし、深い蹴り込みを実現している。彼らは経験を積んでいく中で、良い力の入れ方、「コツ」を覚えていくだろう。しかし、鎌形の場合、脚力だけでは深い蹴り込みが得られない。そのため、上記の課題を克服し、いわゆる「上級生の持つテクニック」を早々に修得しなければならないのである。

まずトラバースの課題は1.水平に歩けない 2.蹴り込んだときに後ろ足の踵が浮いてしまう。 3.蹴り込みが弱い であった。これら3つのことを同時に意識してもらうために「ピッケルは後ろ足の踵の横、足を大きく振り上げる、まっすぐ足を出す」という文言を言いながら練習をした。注意する点を絞り、言葉にしながら練習することで踵を浮かさずに、水平なトラバースができるようになった。

蹴り込みを行う歩行では、振り上げから力が入り、力の浪費をしていたうえ、メリハリがなかったために強い蹴り込みができていなかった。これを改善するためにまずは、足を脱力させる感覚を覚えてもらう練習をした。岩の上でうつ伏せになってもらい、足の力を抜く感覚を掴んでもらった。

最も大きな課題は蹴りこみで「腰」をまったく使えていないことであった。蹴り込みは腰のひねりを使うことで強さを得ることができる。例えば、右足をけり込むときは、左肩を「入れる」というような動作になる。しかし鎌形の場合、右足をけり込むとき、右肩を「入れる」という逆の動作をしており、腰が使えていなかった。鎌形にサッカーボールを蹴る感覚はわかるか、と聞いたところ、学校の体育の授業では全くパスをもらえないタイプの人だったという。「何かを強く蹴る」感覚を覚えてもらうため、正しい腰の使い方を雪上で見せ、「枝」を蹴るなどして体の動き覚えてもらおうとしたが、難しかったため、テント場に戻って練習することにした。

下りの歩行技術の課題は体の上下運動(体重)が使えていなかったことにある。このため脚力に頼ることとなり、蹴りこみが弱くなっていた。トラバース同様「3ステップ」で指導することで改善を図った。

1.蹴りこむ足を90度まで上げる。

2.軸足を曲げる

3.蹴りこむ

この3ステップを繋げると、いわゆる「ねじれ」の間隔がつかめると考え、覚えてもらうことに徹した。「なにかを踏みつぶす」感覚に近いため、こちらもテン場近くで練習することにした。

この後、「ものを強く蹴る感覚」「なにかを踏み潰す感覚」を覚えてもらうべく、テン場に戻った。腰をねじることをデモンストレーションし、(涸沢ヒュッテの方からいただいた)ペプシのペットボトルを蹴る練習をした。初めは上下の連動(腰をひねる)がまったくいできていなかったが、徐々に感覚を覚え、ペットボトルを力強く蹴りとばすことができるようになっていた。本人にも感覚の変化があったらしく、「こうやってみんなはボールを蹴ってたんだ。。。」「どうやってみんながあんな遠くにボールを蹴れるのか不思議に思ってたんですよ」などと言っていた。

「何かを踏み潰す感覚」についても、ペットボトルを潰す練習をすることで覚えてもらおうと試みた。先述した3ステップでペットボトルを踏み潰してもらい、体重の使うことを覚えてもらった。

16:00過ぎ、アタック隊が帰幕。終盤の「ペットボトル蹴り・潰し」によって鎌形の体の使い方はよくなり、蹴りこみが明らかに強くなった。翌日の訓練へ期待が高まるなか、雪上訓練を終了した。

夕食後、上級生ミーティングを行い明日の行動を決定する。その後、鎌形に明日が雪上訓練最終日になることと目標を伝えた。

6月12日 気温:0℃ 天気: 小雨のち晴

4:00起床〜5:14出発〜5:30訓練開始:アイゼン歩行1.5h、つぼ足1.5h、支点構築&スタカット1h、確保三種30min、シート搬送30min〜11:00終了〜11:15TS〜12:00撤収〜12:45涸沢ヒュッテ発〜17:00横尾〜18:00徳沢〜21:00就寝

 雨がテントを打つ音で目を覚ます。小雨が出発する頃まで降っていた。出発時間は予定より15分遅れで初日から未だに朝の生活技術の成長が見られない。動きが遅いのもそうだが、連携プレーと先を考えて動くことができていない印象だ。アイゼンを履き、訓練場所へ向かう。鎌形は今合宿中の歩行技術の習得は厳しそうなので、現状どこまでできているのかテストと下界に持ち帰る目的も兼ねて、1種類の歩行技術に当てる時間を10分ずつと決めて、動画を取りながら最終チェックを行った。岩波と壬生は、実践経験をどんどん積ませスピードを育成していくべきレベルなので、荷物を背負ってスタカットの練習を行った。ここで、田代は就活の関係で先に下山をする。時間で区切り鎌形の歩行を終えて、未だ訓練不十分なスタカットを行った。落ち着いてやればシステムはちゃんと理解していることは確認できた。しかし、スピードをつけていくレベルには至っていないと感じる。こちらも今後の下界トレーニング・合宿での課題となった。確保三種は一年全員で取り組む。鎌形は、体重差もありボディービレイで止め切るのは難しそうだが、使用するケースは稀であるので、知識として理解していれば良しとした。最後に、全員でシート搬送の梱包・搬送の仕方を確認する。背負い搬送も雪上で行いたかったが、下界での補填が可能だろうと考え、テントに戻り下山の準備をする。真道・小池も今後の天候を見て、前穂北尾根は断念し、一緒に下る事にした。

成長を見せる鎌形。夏山に乞うご期待。

40分でパッキングとテント撤収を済ませる。出発前に、ヒュッテの社長のご厚意で特製カツカレーを振舞って頂いた。久しぶりの上手い飯に舌が喜んでいる。全員で社長さんに感謝を伝えて、涸沢を出発した。涸沢の下部は雪が大分とけて、沢や夏道が出ていた。出発後1時間もしないうちに9割は夏道になった。涸沢出発後2時間程で鎌形のペースが極端に落ちる。疲労で足が痙攣しているようだ。上級生全員で鎌形の荷物を分担する。また、この先夏道なので同時にハーネスも脱いだ。他の1年2人に関しては「自分も荷物持ちましょうか?」ととても元気な様子だ。出発直後10m後方で上方から谷へと落石がゴロゴロと転がっていき、一同ヒヤリとする。出発から4時間で横尾に到着。ここから1時間かけて徳沢に到着した。徳沢に着くと、女性スタッフの方が声を掛けてくださり、社長のご厚意でお食事を頂ける事になった。徳沢ロッジで入浴させて頂き、汚い体を清潔にする。徳沢園に入ると、下界でもお目にかかれないような豪勢なディナーが卓上に用意されている。徳沢園の方々にお礼を言い、ありがたく頂く。コロナの関係で大声は出せないが、一同喜びを露わにしていた。お電話で社長の上條敏昭さんともお話をさせて頂き、感謝の意をお伝えすることができた。このご恩を忘れることなく、部員一同活動に励んでいきたい。明日の朝は最後の生活技術特訓の場として、成果をあげられるようにと1年生に伝え、就寝した。

至福の晩餐。徳沢園にて。

6月13日 気温:15℃、天気: 雨

5:00起床〜6:00出発〜6:50明神〜7:40上高地BT〜7:50上高地発=下山

 起床時間の5時を迎えると、鎌形がテントにいない。壬生と岩波は手早くガスを着火し鍋を火に掛けた。10分ほど経って鎌形がテントに帰ってきた。起床時間を間違えていたらしいが、団体行動である以上許されざる過ちだ。すぐに二人を手伝うように指導する。炊事は壬生を司令塔とした連携が伺えた。飯ができる時間もいつもより15分早い。飯を掻き込み手早くパッキングを済ませる。撤収込みで1時間30の出発時間をも設けていたが、結果1時間で出発準備が終わり、最終日にして成長が見られた。今回は及第点だが、鎌形のタイムマネジメントを含め、まだまだスピードはあげられる。今後の合宿ではよりシビアな環境での行動が求められることを忘れないように。出発後、30分ほどで雨が土砂降りとなったのでレインウェアを着る。明神では休むことなくそのままBTへ向かった。BTに着くとバスが後10分で出るようなので、急いで準備をし、定刻通りバスに乗車した。松本に到着し解散とした。お疲れ様でした。

5. 検討事項

  • 涸沢設営時にテントが10m程谷側に吹き飛ばされる。テントポールが折れ、シートも所々破れた。

→ポールは修理とダクトテープで修繕、シートはリペアテープで破れた箇所を修繕した。

田代:田中と2人でエスパースを建て終え、ガッシャーを中に入れようという話はしていたものの、そのままにして成り行きでダンロップを立てていたら、そよ風に吹かれてエスパースが谷側へ飛んで行った。テントが小屋に引っかかったので田代が飛び込み、捕まえるが、その際自身の膝を強打し負傷する。

反省点

・涸沢ヒュッテだから、天気が良く風も無いから、という油断があった。

・2人しかいないならテントは1つずつ立てるべき。固定してから次のテントの設営に移るべき。

  • 奥穂高アタック時のルートファインディング

・2ピッチ目ガレ場のルートを選択した。上方にはトラロープや懸垂支点が見え、ランナーを豊富に取れfixを貼りやすそうという理由から。

・ホールドやスタンスは豊富にあり技術的には難しくないラインだが、足元がおぼつかない1年を通過させるには、浮石が多く足場が不安定であり、落石や転倒の危険性があり、特に下りの通過時には時間を要した。

→右の雪渓を通過して夏道に乗り上げるルートの方がラインがシンプルで、スムーズかつ安全であったかもしれない。

  • 鎌形への指導方法

・上記で田代が触れているが、従来は比較的パワーのある男子を相手に指導をしてきたため、そのパワーを引き出すような強い口調での指導をしてきたが、鎌形に同じような方法を取っても、彼女もパニック状態になってしまい、効率的ではなかった。

・また、手本を見せてそれを真似して強要するような一元的な指導方法ではなく、鎌形の運動能力や性格の特性を理解して、それに合った最適な方法で指導すべきだった。

・山岳部も少数精鋭となった今の時代、今後も男女に関わらず、個人の特性にパーソナライズしたトレーニングや指導方法を考えるべきかもしれないと感じた。

・と書いたが、指導のプロでもない我々にとっては難しい課題であることも事実である。

  • 気象判断

・梅雨入りがずれ込み、下山日まで終始高気圧に覆われて安定した天気であった。

・午後になると雲が多くなり、一瞬スコールが降ることもあったが訓練に支障はなかった。

・アタック日は快晴無風であり、また翌日の天気は、奥穂高岳上部はガスに覆われていたため、適切な気象判断であった。

・13日は低気圧の影響で早朝から雨であった。涸沢から横尾までは落石の多い地点であることから、12日に下ったのは適切であったと思う。

その他:

 ・定着であったが、張り直すなど、1年生の設営の練習時間を設けても良い

 ・鎌形の訓練の補填→夏山合宿で設ける。メニューや指導方法など鎌形に合った内容を考えたい。また、どこかの対象へアタックする実践的な機会も設けたい。

6. 総括:

 1年生は何よりも入部後初めての山行であり、また山岳部の隊としても久しぶりに1年生を連れての新人合宿であった。ここ3年間立てていなかった残雪期の奥穂高岳の山頂に1年生を立たせてあげられたことの意義は1年2人とっても、隊にとっても大きいことは確かだ。ただ、できれば3人全員で登頂させてあげたかった。これが果たせなかったのは、鎌形個人の問題だけでなく、下界時を含めた上級生の指導力、私のプランニングが甘かった所による責任も多分にある。今回の反省は、今後の隊の運営に生かしていき、鎌形を含めた隊全体のパワーアップに努めていきたい。また、テントが吹き飛ばされるという前代未聞のミスも起きている。明らかに緊張感の薄れ、油断の現れだ。毎年恒例の合宿地、上級生として慣れてきたことはあると思うが、山にいるということを決して忘れずに。1年生を伴っての山行はただでさえ想定外のアクシデントが多いが、上級生が事故を起こしているようでは1年生のサポートどころではなくなってくる。一同気を引き締めて、今後の合宿、山行に臨むように。

 最終結果としては登頂の有無という違いはできてしまったが、1年生3人は皆よく頑張っていた。

 壬生は、随所に持ち前の器用さを発揮しテクニックやノウハウの飲み込みが早く、黒ガッシャーの遺伝子をしっかりと継承していた。岩波は、早くも愛されキャラの地位を確立していたが、訓練中やアタック時は疲れてもガッツと根性を見せていて、今後の成長が期待できそうだ。鎌形は、女子一人ということで、精神的にも肉体的にも誰よりも一番ストレスがかかる環境の中での合宿だったと思うが、厳しい訓練にも必死に食らいついていて、技術面でもメンタル面でも一番成長を感じた。山は、女子だからといってその頂への道のりを甘くはしてくれない冷酷な存在だ。だからこそ、酷だが、他のスポーツのように女子だからといって技術・体力の要求水準は下げることはできない。登れるか否かの明暗を分けるのは、強さ、それだけだ。そんな無慈悲な山と対峙する以上、血の滲む努力が必要なことを覚悟してほしい。でも必ず、一山も二山も乗り越えた時、その経験は鎌形の人生にとって大きな財産となることは保証する。僕らも女子部員は初めての経験で、何がベストなのか模索しながらになって申し訳ないが、一緒に強くなろう!

 3年生は、よく1年生に指導していてとても頼もしく成長していたが、まだまだ4年生が口を挟む部分が多いようにも思う。来年度は隊を率いる事になることも意識して今後の山行に取り組んでほしい。

 田代、江口の2人は、このハプニングの多い合宿の中で、僕の精神的支柱であった。江口が無事復帰してくれたのは本当に良かったし、最後の1年間同期として皆一緒に山を登り続けられることを心より願う。

 

(文責:真道)