2018年度春山合宿

1.対象:双六岳、三俣蓮華岳

2.期間:2019年3月11日~20日

3.参加メンバー:中島(3年CL)、浅川(3年SL)、小野(2年)、真道(1年)

4.概要:

①3月11日 12:30部室集合~17:05バスタ新宿バス出発~21:30平湯温泉到着

ガッシャーに荷物を詰め込み、新宿へ向かう。40㎏+個装袋+スキーでの移動がかなりしづらかったため、応援に来てくれた田代、江口にスキーを新宿まで一緒に運んでもらった。新宿で食事をとり、バスに乗り込んだ。

②3月12日 7:00バス出発~8:30新穂高温泉出発~11:00わさび平~14:00渡渉点~16:00設営

晴れのち曇り、-5℃

予報では雨となっていたが、起床時には晴れていた。良い気分で平湯温泉の始発のバスに乗り新穂高温泉へ向かった。新穂高温泉周辺はやはり雪が少なく、登山口のゲートまではスキー板を担いで歩いた。笠ヶ岳の稜線辺りを見渡すが、県警の情報通り雪庇は見られなかった。ゲートから先はしばらくコンクリートに張り付く程度の雪しかなかったが、スキー板を履き出発。出発10分まではスキー板置いていくか迷ったくらいだった。直前の県警への確認によると、秩父沢より手前の林道ではデブリが見られないとのことだったが、わさび平手前辺りからデブリが出始めていた。デブリの跡から雪崩はかなり前にあったと推測される上、沢の上部には殆ど雪がなかったため、もはや残雪期のような景色だった。わさび平から先には予想通り大規模なデブリ(下抜戸沢)ができていたため、重荷を背負っての不安定なデブリのスキーでの通過は困難である上、地形からここから尾根の末端まではそのようなデブリが連続すると予想されるため、もうスキーは役に立たないと思い、ここにスキーをデポしワカンに履き替えた。ここまでのデブリでは上部の雪が殆ど落ちていたため、秩父沢もそうだろうと思い秩父沢を通過するつもりでいたが、奥丸山方面河へ渡る橋の辺りから観察すると秩父沢はデブリがまだ少なく、いまにも雪崩そうであり、また偵察時に渡る検討をしていた弓折尾根末端付近の川を見ると雪で埋まっているように見えたため、奥丸山側から行くことにした。奥丸山の斜面の通過は偵察時にも予想していたが、かなり急な斜面のトラバースであり、スキーでは通過できなさそうだった。実際に川付近についてみると川の部分だけ雪がなかった。幸い水量は10センチ程度と少なかったため、水量が少ない部分に石を投げ込んで橋を作ろうとしたが、周辺に大きくて安定しそうなあまりなく、完成まであと一歩くらい橋が出来た。他の作戦を考えた結果、赤旗の袋(スキー袋)に雪を詰め、足りない部分に架け、橋にする作戦を思いつき、やってみたところ安定したため、空荷で浅川に渡ってもらった。しかしスキー袋ブリッジはすぐに崩れてしまった。上部渡れそうなスノーブリッジがないか浅川に確認してもらったがない。いよいよ裸足で渡るしかなくなってしまったため、最初に小野が裸足で渡った。続いて中島が渡ろうとするが、コフラックは踝辺りまでは防水されていることを思い出し、次に中島が全装でストックを使い岩伝いに渡ってみたところ上手くいった。後もそれに倣い、靴を履いたまま全装で渡ることに成功した。河原を弓折尾根側に上がったところ、予定していた弓折尾根を挟んで秩父沢とは反対側にデブリの跡のない平地があったため幕営した。

③3月13日 4:00起床~6:00出発~14:00、2100m付近幕営

雪、-7℃

左俣通過するまでに使用しなかった食糧燃料を幕営地付近にデポし赤旗を立て出発。雪が例年と比較して少ないことから、1日で鏡平まで上がるつもりで尾根に取りつくが、いきなり胸ラッセルを強いられる。昨夜から雪が降っていたのだ。交代でラッセルをするが、尾根が急であり、なかなかスピードが上がらない。前日は幕営が遅く、天気予報が確認できなかったため、今日は14時まで上がれるところまで上がることにした。丁度14時頃に2100m付近の緩傾斜地に到達したため幕営。

④3月14日 3:00起床~5:30出発~14:00、2303ピーク~15:00、2303直下幕営

雪、-10℃

テントの撤収に手間取り、30分遅れる。夜の間も降雪があり、昨日にも増して更に積雪量が増えていた。バンザイラッセルでスタート。あまりにもスピードが遅く効率が悪いため、後ろの2人はある程度トレースができるまでザックを下ろして休憩するシステムにした。12時頃まで延々とバンザイラッセルを続けた。2250mあたりの2303ピークへ登る最後の急斜面ではで一部新雪の下に固い氷の層ができていたため、ピッケルを出し、ロープを2p出した。その後残りの30mをバンザイラッセルで進む。2303mピークを越え少し鏡平側に降りたところで幕営。終始バンザイラッセルであり、全員疲れていた。

⑤3月15日 3:00起床~5:30出発~7:30鏡平~11:10弓折岳~12:30お花畑幕営

晴れのち曇り、-7℃

本日の幕営時に気づいたが、撤収時にポールをジョイント部分が凍っており、それを引き抜く力を込めすぎて折れてしまい3本分使えなくなってしまった。4本目もヒビが入っていた。今日になって空荷ラッセルが一番効率が良いことに気づく。鏡平で、鏡平から先の下山分の食糧燃料をデポする。9時にはその日の幕営予定地であった鏡平から弓折岳に延びる尾根の折れ曲がっているくの字部分に到達したため、お花畑までテントを上げることにした。11時頃に弓折岳に到着したが、ガスに包まれ始める。雪庇が発達していたため、休憩中にガスが晴れなければ弓折岳北側の緩傾斜地に幕営することにしたが休憩後すぐに晴れてきたため、お花畑まで進み幕営。予備のテントポール二本と一本はフレーム修理管を使用し設営した。

⑥3月16日 4:00起床~6:00ルート工作隊(浅川、小野)出発~8:00樅沢岳~8:30樅沢岳直下FIX~10:30帰幕

雲り時々晴れ、-10℃

視界が悪いため出発を遅らせ明るくなってから出発。出発後1時間ほどはガスが出ていたため雪庇を踏み抜かないよう雪の上に顔を出したハイマツを道標に探り探り進む。7:00過ぎごろからガスが晴れ視界が開けると進む稜線上には雪がしっかりつき、また傾斜もさほど強く無く、目立った危険地帯は無いように見える。そこで天候は安定する予報であることから一度樅沢岳に登り、その帰り道でfixを行うことに決定。樅沢岳登頂後、表層に薄く積雪のある山頂直下の岩場に1ピッチfixを行い、その後同ルートを通り帰幕。(浅川)

⑦3月17日 4:00起床~6:00出発~8:00モミ沢岳~9:00双六小屋

曇り、-7℃

出発時曇ってはいたが、雪庇と空の境界はしっかり見えた。クラストをしっかり踏み抜きながら樅沢岳の付け根まで歩いた。頂上直下でFIX通過し、双六小屋へ下降。下降時から風が吹き始める。テントポールの破損と強風のため双六小屋冬季避難小屋を利用した。

⑧3月18日 4:00起床~5:00出発~6:30双六岳~7:30三俣蓮華岳~8:30双六岳~9:15双六小屋帰幕

晴れ、-13℃

昨日までの強風が止み、快晴無風のアタック日和となっていた。今日に限れば天気の心配は全くなかったが、念のため双六岳までは赤旗を立てながら歩いた。双六への頂上台地までの上りでロープを出す想定だったが、しっかり雪に覆われていたため必要なかった。双六岳から先の広い稜線はウインドクラストであったが、ほとんど風もないため、夏道のコースタイム通りだった。東側には大きな雪庇が発達しており、ハイマツを目印にするかない時は十分距離を取って歩いた。結局ロープを出す箇所はなく、歩いていたらいつの間にか頂上に付いてしまった。双六小屋に帰るまでコースタイム通りで行動した。

今山行の最終目的地、三俣蓮華岳山頂(2841m)

⑨3月19日 3:00起床~5:00出発~8:00弓折岳~8:40鏡平~12:30弓折尾根末端部~デポ品回収13:10~17:00新穂高温泉=下山

晴れのち曇り、-10℃

明日以降天気が崩れるという予報であったため、今日中に出来るだけ下りるつもりで出発した。出発時には風が吹いていたが、樅沢岳を通過して日の出を過ぎるとやんだ。樅沢岳から先は雪庇に警戒し鏡平まで下る。デポ品を回収し、2303ピークまで行きと同じルートを辿る。行きでロープを出した辺りで50m懸垂下降した。それから先は行きの幕営地方面へ尾根を辿りながら下る。新雪が解け始め、数歩歩く度にわかん付く雪を払わなければならず、不快な下りだった。行きの幕営地まで下り、デポ品を回収するため赤旗の根本を掘り返すが、なかなか出てこず40分かかった。スキーを回収してからは滑走が可能なため、後3ピッチ弱で下れると予想し下ることにした。大きなデブリの出来ている秩父沢を横目に、奥丸山の急斜面を左の小沢からの雪崩に注意しながら間隔を空けて通過した。橋から奥丸山への大きなカーブをショートカットし橋まで下り、新雪を被るデブリを2つ越え、スキーを回収する。

しかし傾斜が緩く、あまり滑らないためワサビ平まではシールで下った。そこから先は各自シールを剥がし滑走モードで滑り始めるが、真道があまり上手く滑れないようなのでシールで下降させる。17時頃新穂高温泉に到着し下山。